偽終止 - 2 -

 地元のCDショップに行くと、在河――『SATOI』
の追悼コーナーが出来ていた。そこに並んでいたディスクのすべてをまとめて会計する。年末のショッピングモールは気忙しさに満ちていて、セールと正月準備と福袋の広告が入り乱れている。
 息子の帰省を喜ぶ父の晩酌に付き合う、という建前であれから盤介は毎夜酒を飲んでは見えないものを追うようにして夢の中で斎の記憶にもぐり込んでいた。

 盤介――斎が気がつくと、古びたアパートの一室で段ボールに囲まれていた。新しく貼り替えた壁紙と最新式のドライブレコーダーと52型のテレビがぴかぴかしていてそのギャップがおかしい。1DKの1の部分はでかいベッドが占領している。
「在河、荷物これだけ?」
「名前で呼んでってば。テレビ優先したらソファ入りきらなかったから、叔母さんのところに置いてきた。あ、エアコンの業者が明日来ます」
「ベッドもう少し小さくしたら、この襖取っ払ってソファ置けたんじゃない?」
「寝るとき狭かったら先輩が嫌がるんじゃん」
「ぼく、ここのベッド使う予定ないけど」
「またまた~。あ、でも襖外したら寝ながら映画観れるね。そうする?」
 大物を片付けた斎の手は休むことなく、器用に梱包を剥がして、ラックにDVDや本を並べていく。
「だいたい、何でこんな物騒な学生アパートにしたの。噂になったら大変でしょ」
「可愛い男の恋人がいるって噂?」
「元芸能人が住んでるって!」
「ばれないばれない。高校でだって、そんな大した騒ぎにならなかったでしょ」
「意外性が大きすぎて思い至らないだけだよ。隠す気ある?」
「ない。印税で一生遊んで暮らせていいな、って言われるとむかつくからむしろおれがこんな貧乏暮らしアルバイト生活してるって言って回りたいくらい」
「貧乏暮らしのふり、ね。本当に貧乏な人はこんなに頻繁に買物も引越しもしません」
「斎さん、容赦なさすぎ」
 慣れない呼び方に見上げると、近づいてきて腰を折った敏依が前髪をさっとかき上げてきて、額にくちびるが押し当てられた。
「こら!」
「ベッド、いつでも使ってくれていいんだけどなあ」
 いやに真面目な顔になったかと思えば、
「ここ、キャンパスにも先輩の家より近いでしょ。遅くなる時とか便利だよ」
 簡単に一歩引いてみせる。そのくせ額の生え際をやさしく撫でる手つきは言葉よりも視線よりも雄弁に、そこから愛情を伝えてきた。
「アパートの決め手ってもしかしてそれ?」
「かもね」
「何でそんな…」
「おれがやりたいから」
 敏依がこうしてストレートな愛情を向けてくるたび、斎はどうしたらいいかわからない。
 正月に告白されてからひと月ほど経っていた。十五年以上塩漬けにしていた初恋をなかったことにする勇気がないまま、後輩の「好き」に素直にうなずけないでいる。
「頭が固い。もっとおれのこと便利に使えばいいのに」
「そういう言い方は嫌だ」
「頑固だな~」
 敏依が、斎の中のこんがらがった糸をほどいてくれるのが嬉しくて、おそろしい。意地を張っているだけかもしれない。長い間、ひとりの男だけを見てきたから、そうじゃなくなる自分を認めるのがいやで。
 敏依のことを好きにならないわけがなかった。華やかな世界に居たくせにちっとも偉ぶらず、いやな思いをしたことも数えきれないほどあるはずなのに、他人の心をはかることに誠実だ。だからこそ、こんな己でいいのかと躊躇ってしまう。こんな矛盾をはらんだままの心をあずけていいのかと。
「おれはね、それ以上にたくさんのものを先輩からもらってるからいいの」
 斎の葛藤など全部お見通しの顔で敏依は笑う。

「片想い十五年? なら、おれと三十年一緒にいたら、そんなことちっとも気にならなくなるよ」

 敏依の存在は斎の中でたしかに特別なものへ変化していた。穏やかな時間をともに過ごすとき、同じ映画を見て笑うとき、ひとりで美しい景色を見て、相手にも見せたいとカメラを構えるとき。離れがたく大切にしたい想いが日増しに育っていく。
 まばたきに見惚れて胸がいっぱいになり、目が合うと笑みがこぼれ、指の先が触れるだけでどきどきした。好きな相手に好きだと告げて、告げられることがこんなにも幸福なことだと知らなかった。
 恋をしていた。
 ずっと、恋をしていたかった。
 なのにふとした瞬間に斎は気づいてしまう。これは単なる過去の記憶の羅列に過ぎず、深いまばたきをひとつしてまぶたを開いたら、もうそこは病院だったり葬祭場だったりして、敏依はどこにもいないのだ。
「――敏依、……ッ」
 いつも、在河の名前を呼ぶ斎の声が自分のものと重なって目が覚める。
 跳ね起きて、自分が自分であることを確認する。鼓動が速くて、目を閉じると真っ暗闇の中、分厚い瓶の底を踏みつけているように早鐘を打つ感触で苦しくなる。
 絶望と幸福をかわるがわる泳ぐうちに、斎を通した在河を、在河を通した斎を、加速度的に好きになる自分はおかしいのかもしれない。
 学生時代の斎は、しょっちゅうアパートの在河の家を訪ねていた。壁の薄いぼろアパートだから、扉を開ける前からかすかに漏れてくる。太いのにやわらかで、艶のある、在河の歌声が。それが聞こえるだけで気が逸って、階段を昇る足も速くなる。
 エビフライのうた、電球が切れたうた、なくしたスマホを探すうた。くだらないことを全力で歌い上げるから笑ってしまう。たまにだけ、かつて世界を魅了したあの歌を口ずさんでくれる。
 起き上がって現実世界の音や色彩の多さに触れると「ああそうだった」といつも我に返る瞬間がある。
 斎の夢はいつだって、在河が奏でる音以外は静謐に充ちていたし、いくつかの色彩が欠けていた。どの記憶でも、強烈なほどのあざやかさで視線を奪う景色と、褪せた年代物の写真に似たセピア色が雑ざっている。記憶の粒の、大事な部分だけを際立たせるかのように。
 夢の終わりはしで聞こえていた曲をもう一度聴きたくてCDを再生する。寝汗を吸ったシーツを引っぺがしていると、階下で母親の声がした。
 訪れたらしい斎が階段を昇ってくる足音に気づいて振り返った時には、もう半分以上扉が開いていた。
「……っ、」
 再生を止める指は、間に合わなかった。
 斎の顔がはっきりとこわばったのが見て取れる。幽霊を見たような――ではなく幽霊じゃなくてがっかりした、凍てついた表情から目を逸らす。
 声にならないほどかすかな音量で「いるわけないか」とつぶやきが落ちた。俺は鈍感、と言い聞かせて「なんだよ」と呼び掛けた。
「ノックくらいしろ、デリカシーねえな」
「…元から開いてたしお前にだけは言われたくない」
「そうかよ」
 シーツと枕カバーを巻きながら「何か用か」とたずねると、いかにも不服な声で
「大掃除用品の買い出し、一緒に行けって」
 と託されたらしいメモをかざしてみせた。
「おい、めちゃくちゃ多いぞ」
「たぶんあと二回くらい頼まれるよ。お正月の買い出しと、初売りの荷物持ち。盤介は三が日避けてたから知らないだろうけど、毎年恒例だからこれ」
「人聞き悪いな、避けてねえ。ド正月だと人多いし交通費かさむから嫌なんだよ」
「あれ? お正月はいっつも彼女の実家に顔出してるって葵が」
 あいつ余計なことしか言わねえな。
「毎年違う彼女だって?」
「いろいろ誤解だし、今はいねえ」
「ああ、一緒に過ごす相手がいないから今年は珍しく早めに帰省してきたの」
「違げえわ。…わかってんだろ」
 落ちた沈黙の隙間を、ギターの旋律が埋めていく。
「……敏依の曲、好きだったっけ」
「まあ、悪くないよな」
 一番好きなのはお前と同じでエビフライのうただ、とは言えないけれど。
 スーパーの開店時刻に合わせて買い出しに行くと、有線で在河の曲が流れていた。
「どこ行っても聞くな、これ」
「年末の音楽番組とか、紅白でも特集するって。事務所の社長さんが連絡くれた」
「へえ、何でわざわざ」
「印税に関係あるからかな」
「はあ?」
 もう驚くことにも耐性がついたと思っていたが、ガラス用のクリーナーを選びながらおかしな声が出てしまう。
 付き合ってしばらくしたころに在河が権利関係の契約の一部を変更し、斎は正式な相続人に名を連ねているのだという。
「つまりお前もこの先何もしなくても一生…」
「それ禁句だってば。そんなつもりないし。敏依にも、敏依の叔母さんにも要らないってさんざん言ったのに」
 斎のきまじめな性分で難しいことはわかっていたが、
「あいつなりの気遣いだろ。受けとっとけ」
 と思わずフォローをいれた。
 目尻を吊り上げた斎は当然「なんで盤介がそんなこと言うの」と唇をとがらせたが無視をした。

 夕方、歳暮で山ほど届いた蜜柑のお裾分けに隣家を訪れると御礼にと蟹を一杯渡された(金額が釣り合っていない気がする)。
 あの子最近いつも寝てるの、と斎の母は眉をひそめた。
「疲れてるのかしら。さっきも、帰ってきたと思ったらこたつで寝るし、起こしてもすぐ部屋に籠もっちゃって。出掛けてるあいだに掃除機かけといてよかったわ」
「寝てるとき、斎うなされたりしてます? 寝言とか」
「ううん。とても静かで…呼吸してないかもって心配で声かけちゃうくらい」
「…ちょっと上がってってもいいですか」
「いいけど、起こしたらあの子怒るのよ」
「怒り返します」
 ほどほどにね、と苦笑されつつ二階の廊下の一番奥にある斎の部屋へ向かう。
 子どものころはいたずらに、ちょうど敷地どうし向かい合わせになっている互いの部屋の窓から行き来したこともあった。大人になってみると、その高さや、窓同士がわりあい隔てていたことに気がついて、危ないことをしていたのだなと冷や汗をかいたものだ。
 扉をノックしかけた手が止まる。盤介が夢を見るのは夜中のうちだけだが、斎が、敏依の跡をたどるように眠りたがるわけはよくわかる。それを単なる逃避と糾弾する気にはなれない。
――でも、俺もお前も、生きてかなきゃいけない。
 はあっと息を吐いて扉に手を掛ける。うすく開いた隙間から、しゃくりあげるような声が漏れてきて慌てて指先に渾身の力を込めてノブを握りしめ、その一センチを音もたてずキープする。
 床にうずくまって膝を抱えて、かたくなに声を堪え、それでも指のすきまからこぼれていく嗚咽。足元には、まばたきも息も忘れるほどの圧倒的なさみしさが無造作に転がっていた。今すぐこの扉を開けて抱きしめたい焦燥と、一生あの幸福な夢に閉じ込めてやりたい憐憫のどちらにも嘘はない。がんじがらめで動けなくなっているのは盤介のほうだった。

 その日は酒を飲まなかったのに、夢を見た。
 気がついたら雑踏の、交差点のど真ん中にいた。人の流れを割るように立ち尽くしているのに、誰も彼も迷惑そうな顔さえみせず、斎がここにいないみたいにすいすいと避けながら通り過ぎていく。
 しばらくそうして人の群れを眺めていたが、急に弾かれたように走り出した。そこでようやく、いつものように斎の記憶をなぞっているわけではなさそうだと気づく。新しいパターンだ。
 盤介(中身)が惑っている間にも、斎(外側)は確かな足取りで脇目もふらず走り続け、「待って」と口にした。今の斎が必死に追いかける相手なんて、一人しかいない。混雑にまぎれてしまう背中に背負ったギターケースが目印になった。
「敏依!」
 歩道橋の手前でやっと追いついた相手の腕をつかんで、引き寄せる。呼ばれた相手はケース越しにぎょっと斎を振り返り、「えっ」と困惑をあらわにした。
「…どちらさま?」
 戸惑いをはらんだ声も、まばたきを繰り返す顔も在河敏依でしか有り得ないのに、斎を見返すその瞳はいっさいの熱も慈愛も孕んでいない。
「……あ、えと、ごめんなさい」
 ぱっと手を放す。在河(仮)は気を悪くしたようすもなく首をかたむけ、
「いまサトイって呼んだよね」
 とあっさり己の名を肯定してみせた。
「おれのファン?」
 斎はうん、ううん、と首を縦と横に順番に振る。
「…死んだ恋人に、あなたが、そっくりで」
 えっお前それ言うの? 実体があったら間違いなく割り込んでいただろうツッコミはもちろん声にならず、言われた側の在河も「はあ」と返答に困っている。
「あ…敏依のファンだし、大好きだよ。エビフライのうたが特に」
「エビフライのうた?」
 口にするといっそう間が抜けている。斎は少し黙ったあとで「人違いでした」と笑って頭を下げた。
 途端に風景の一部でしかなかった街頭ビジョンに電源が入り、今週のヒットチャート映像を流し始める。三週連続一位を獲得したというSATOIの新曲は、今クールで高い視聴率を保ち続けているドラマの主題歌だとテロップが流れる。都合の良い夢らしく音声は聞こえてこない。
「敏…SATOIは、今も、歌手なんだね」
「うん。あれ歌ってるの俺。エビフライじゃなくてごめんね?」
「ううん」
 斎は眉尻を下げ、つとめて明るい声を出そうとした。
「突然変なこと言って、すみません」
 終わりかけた会話が打ち切られなかったのは、今度は在河が斎の手をやおら握ったせいだ。
「それで、あなたはどうしたいの」
「え?」
 ああ、『斎』はこの手の感触を知っている。
 小さなころから弦を鳴らし続けて固くなった指のはらの、ざらざらとしたところ。いつも斎を愛おしむように触れてくれた手。最期の瞬間まで絡めていた指。
「死んだ奴そっくりのおれに何されたい? おんなじ顔で優しく名前を呼んでほしい? それとも、おんなじ顔でまったく違う抱き方されて、死んだってこと実感させてほしいの?」
 明け透けな物言いに盤介はたじろいだが、斎の表情は動かず、眼差しは静かに凪いだままだ。やがて情けなく笑って、
「ぼくと、友達になって」
 と柔らかい口調で願いを告げた。

 チョコレート色の木製のドアを押し開き、足を踏み入れたのはもう何度も訪れたことのあるバーだった。いつものスツールに腰掛け、ちらりとラウンジに目線を向けて、ぎょっとする。二人掛けのテーブル席の壁側に斎が座っているのが見える。
 ということは――確認するまでもなく、盤介は盤介のままそこにいた。今度は(中身)でもなく、実体がある。
 横長につぶれた爪の形も血管が透けようはずもない色の黒さも、ジーンズもスニーカーもよく馴染んだ(何なら今日さっきまで履いていた)自分のものだ。今日の夢は何だかいろいろとイレギュラーが多い。
 ロビーから最も遠い席を選んで、早口でギネスを注文する。カウンターの中からプロの微笑とともに「明けましておめでとうございます」とチャームが寄越された。
 新年で、この店で、斎があの席に座っている。ウイスキーのロックを飲みながら。
 心当たりなら嫌というほどあった。さすがにきつい勘弁してくれ、いっそ早く覚めてくれ、などと願いながらもいじましく背中に全神経を集中させていると、ジャズの低い音にまぎれてドアベルが鳴る。
 はっと斎が顔を上げる気配がした。
 入店してきたのは、黒のフライトジャケットにやけに派手な柄のマフラーを巻いた在河だった。
 あんなのあいつ持ってたか? と我ながら気持ち悪い疑問が真っ先に浮かぶ。何が悲しくて後輩のワードロープの中身まで把握してしまっているのか。
 外は雪が降っているらしく、小さなしっぽみたいに括った髪の毛の先や肩のあたりに白いかけらが張りついてしずくを垂らしていた。
「さっむい。あったかいのください。あの、ラムと卵のやつ」
「かしこまりました。明けましておめでとうございます」
 先ほどと寸分たがわぬ角度でお辞儀をした店員はロビーを手で示し、在河も迷いなく斎の向かいの席へ腰掛けた。
「さすがにお客さん少ないね」
「新年ですからね。明けましておめでとう、先輩」
「おめでとう」
 マフラーを外しながら店内を見回す在河の視界に確かに自分が入った気がしたのに、まるで他人の顔ですぐに逸らされてしまう。斎からだって盤介は見えているはずなのに反応がない。
 すっかり透明人間の心地だったが、目の前にはスタウトがきちんと配膳されているので幽霊になったわけではなさそうだ。
 乾杯をした二人は何事かを親密そうに話しはじめ、やがて興が乗ったらしい斎はくいくいとロックグラスを呷って空にしていく。会話の内容は聞こえないが、一度夢に見たこの日のことならもう盤介は知っている。
 彼女を連れて帰る――酔った勢いのその宣言を本物にすべくこの年の盤介はかなり頑張った。
 合コンとか紹介とか短期のバイトだとか、いわゆる「出会う」ためのきっかけ作りに精を出して見事に付き合った相手を年末年始の実家にご招待あそばした。その頃はまだ実家に住んでいた斎の部屋をわざわざ訪問して自慢した記憶がある。結婚宣言もした。だってそのために作った恋人だったから。
 目標を達成したことで気持ちのピークは急降下し、勘の鋭い女性に盛り下がりがばれないわけもなく、バレンタイン前に別れてしまった。
 件の相手にも酷いことをしたが、斎にはもっと酷だったろう。ああして、アルコールに耽溺して泣かせてしまうくらいには。
 在河がウイスキーのお代りと炭酸水を注文する。身を寄せて、斎の手首をとった。何事かをささやきながら、盤介と揃いで持っている腕時計を外そうとして――それを、斎が押し止めた。
「先輩?」
「ありがとう、敏依。でも、ぼくは敏依とは付き合わないよ」
 はっきりと聞こえてきた以前とは違う科白に、在河以上にうろたえたのは自分だったのではないかと思う。
「…一生あのひとに片想いするの?」
「ううん、そうじゃない。敏依のことが好きだよ。だから付き合わない。敏依とも、誰とも」
「意味わかんない」
 ああまったく意味がわからない。この夢は、一体何だ。焦った指がグラスを倒し、うすはりの硝子がぱりんと音を立てて割れてしまった。とたんに店内の客の視線がこちらに集中する。盤介の周りにあった透明な壁がやぶられたように。そして、斎と在河の視線も今度はたしかに盤介を捉える。
「え、盤介!? 何でここにいるの」
「なんでって――そりゃ、ゆ、夢、だからだろ」
 予期せぬ邂逅に取り繕うひまもなく答えると、そっか、とあっさり納得した斎の輪郭がしだいに、白くて淡いひかりに包まれていく。足元から浮遊感が襲ってきて、ふっと意識が途切れた。

 子どもの頃は、正月といえば商店街の店舗やスーパーが軒並みシャッターを下ろしていた。少し歩かないと着かないコンビニ以外に食料を仕入れるあてはなく、街中が静かに息をひそめて休んでいた。手にしたお年玉を使う場所もなく、三が日のあいだじゅう我慢しないといけないというのは不便だしつまらない。
 けれどあれはあれで風情があった。今みたいにだらだらと大晦日の単なる延長のような元旦ではなかった。
「おせちに入れる蒲鉾買いそびれてたのに朝気づいて、慌てた~」
「スーパー開いててよかったわね」
 背後でこんな情緒ゼロの会話をされたら、尚のこと。
 元日の陽が落ちる頃、食べ過ぎた正月料理の消化のために近所の神社に初詣に行くのがここ数年のふた家族のルーチンらしい。
 せっかく揃っているのだからと斎とともに連れ出され、暮れなずむ道をゆるゆると縦になって歩いている。
 目的地にたどり着くころにはもう夜になっていた。すっかり冷えた体に、神社で配られている甘酒が沁みる。
「…そのマフラー、目立つな」
 赤をベースに白のノルディック柄が編み込まれたマフラーは、いつかの夢で在河が巻いていたものだ。もちろん実物を見たのは今日がはじめてだったが、深く考えることを敢えて止める。
「東京の家を掃除してたら、敏依のが出てきたから拝借。夜道にちょうどいいでしょ」
「トナカイかよ」
 白い息を吐きながら斎が笑う。顔色は、先週よりもずっと良い。あのイレギュラーを境に、斎の記憶を追体験することはなくなっていた。その代わり、夢と現実とを往きつ戻りつするような夜が続いている。
 きのうの夢ときょうの夢はいつも陸続きで、おまけに夢だという自覚もあるまま年を重ねている。パラレルワールドだ。もしもずっとこの街に住んでいたら、というifの世界。明晰夢といっていいのか、猫型ロボットの道具で言うなら「夢はしご」だろうか。
 こちらでは新年になった今も在河の遺体は見つかっておらず、夜の向こうの世界では、斎は頑なに誰とも恋人になっていない。
 最近はあちらで目を覚ますとたいてい三人で一緒にいることが多い。現実にはさほど交流のなかった在河とのあいだにも奇妙な友情が芽生えてしまっている。
 斎とまともに顔を合わせるのは久しぶりだった。正直、夢のリンクがなくなったことに少しほっとした。誰にも恋をしないと言い切っている斎は、夢の、つまり盤介の無意識の中にしかいないということだから。
 参拝の列に並び、屋台をひやかしたあとお神籤を引く(盤介は中吉、斎が末吉でどちらも微妙だった)と、体の芯から冷えてきた。両親たちは一足先に帰っている。
「一杯飲んで帰る? 前に話してた店、今日から開いてるよ」
「あー…」
 知ってる、と返すわけにもいかず曖昧にうなずいた。
「店より、家がいい。寒い」
「オッケー。じゃあうちにしよう。高いウイスキーもらったの、とってあるんだ」
 顔に似合わずおっさんみたいな酒の好みだよな、と以前の盤介なら口にしたかもしれない。でも、もう言えない。そんなくだらない揶揄を斎がいじましく引きずっていたことを知ってしまった今では。
「ビール買いたい。氷は?」
「多分ある、かな…買い足してもいいよ。盤介が両手で抱えてね」
「凍傷になるわ」
「言っとくけど、エコにご協力するんだよ」
「袋なしで直持ち?」
「もちろん」
 ああそうだ、昔はこんな風に他愛のない軽口を叩きあっては笑えていた。コンビニでかごに乾きものとチョコレートを交互に放り込んで、正月だから奮発してハーゲンダッツも買って帰路に着く。
 既に休んでいるらしい斎の両親を起こさないよう、足音をひそませて部屋に入った。
「お前、東京の家って引き払ったの?」
「まだ。敏依の荷物もあるし、おいおい整理しなきゃとは思ってるけど…とりあえず、正月明けにはいったん帰るつもり」
 見つからないうちは、諦められないものなのかもしれない。警察も探しあぐねているのだろう。何せ痕跡がないのだから。
「本人が死んだって認めたくなくて姿を隠してるのかもな」
「…盤介って意外とロマンチストなんだね」
 そうだった、こいつ理系だった。俺もだけど。咳ばらいをひとつして話題を変える。
「うちの会社、今度港の近くに新しい工場建てるんだってよ」
「ああ、いま更地になってるとこ?」
「この前、希望するなら推薦してやるって言われて俺、こっちに異動願出すか迷ってんだけど」
「うん?」
「お前がこのまま地元に戻るなら、またこうしてつるめるし悪くねえかなって」
 ハーゲンダッツにウイスキーを垂らしていた斎は、呆れも怒りもせず淡々と「何それ」とプラスチックのスプーンをバニラアイスの中央に刺した。
「…盤介は昔から鬱陶しいくらい面倒見もいいし、お節介なくらい世話焼きで、いつも人の輪の中心にいるよね」
 枕詞のせいで褒めたいのかそうでないのかわかりづらいが、きっと後者だ。琥珀の蜜がバニラを溶かしていく。
「頭が良くて、リーダーシップがあって、盤介はすごいってぼくも思うよ。でもお前の、ものの考え方のど真ん中にはいつも自分がいる。それってすごく鈍感で、傲慢だよ。昔からそういうところが…一緒にいて、つらいときがあった」
「つらい?」
「ぼくたちいつもセット扱いだったじゃない。盤介は、小さい時からお兄ちゃんみたいに、自分のペースについてこれないぼくをいつも引っ張ったり助けてくれたりしたけど…盤介がいないと七原だけじゃつまんねえよな、いや七原いないほうが楽しいって陰で言われてたぼくの気持ち、わかんないでしょ」
「………俺、知らないことばっかりか」
 斎の話し方は少しも責める調子がないまま柔らかくて穏やかで、だからこそ、けっこう堪えた。
「いや、お前にはいろいろ、謝りたいと思ってんだよ俺だって」
「何を?」
「言えねー、けどいろいろ」
「言えないことを謝られてもなあ」
 本当は一生知らなかったはずの斎の恋心を、まさか己が口にするわけにはいかない。
「ぼくの人生は、ぼくが責任を取るからいいんだよ。人間関係だって上手になったでしょ? 努力したんだから」
 中学の、ある時期を境に確かに斎は変わった。それまで静かに後ろをついてきていたのが、率先して、細かいところに気が回らない盤介のフォローをするようになった。すると周囲も二人のコンビぶりを賛嘆するようになり、ますます一緒にいることが当たり前になった。幼い盤介は単純に心強かったし嬉しかったが、斎はどんな思いであの頃、隣に立ってくれていたのか。
「…そんな顔しないでよ。中学も高校も楽しかったよ。今の自分も嫌いじゃない。優しくて、気配りできる自分」
 斎はゆっくりと口角を引き上げた。
「気持ちだって、仕事や住むところだって、…今回みたいないっさいの前触れがない別れのことだって、ぼくが自分で折り合いをつけるしかない。誰かに優しく慰められたくないし、誰のことも胸の内にいれたくない、自分で決めたい」
 相変わらずめんどくせえなこいつ。めんどくさくしてしまった元凶が自分らしいので口にはしないが、人当たりがいいくせに心のシャッターを閉じるのが早い理由をようやっと知ることができて納得した。努力というのもうなずける。何せ、こういう面倒なものの考え方をすることを知っている人間は周囲にそういない。
 斎の奥に隠されていた、ぶれない心の芯をずいぶん早くから見抜いて、情熱でもって追いかけて手に入れて…宝物みたいに大事にしていた在河の瞳には、恋人はどんなふうに映っていたのだろう。
 思考のループを止めたのは、がさごそとコンビニの袋を漁る音だった(エコには貢献できなかった)。
「だいたい、気遣いの方向もちょっとずれてんだよね。ビターチョコ混ぜてない時点で失格」
「お前が買おうとしたカカオ99%の話? あれもはやチョコじゃねえだろ」
「だからって勝手にキャンセルするかな普通…」
「奢らせておいて文句言うなや」
「ほらそれ! そういうとこ!」
 しんみりした空気があっという間に霧散する。こうした間合いの読み方がうまいのは後天の努力ではなく天性のものだろう。
 SATOIに告げた「友達になろう」の真意はわからないままだが、斎がいま見ている夢は幸せだといい。現実に侵食して、斎の傷をふさいでくれるくらいのハッピーな初夢が訪れてくれたらいい。
「初夢ってきのう? 今日か?」
「どっちだったかなあ」
 どちらでも良かった。今日も明日もあさっても、もう二度とあんな悲しい夢を見ないでほしい。病室の天井は脳裏に焼きついて結構なトラウマになっている。
 小学校の卒業アルバムを引っ張り出してみたり、明日には忘れてしまうようなくだらないことを話しているうちビールはすべて空になった。そそのかされるままウイスキーに挑戦したあたりからの記憶が途絶えている。

 気がつくと、地元の河川敷にいた。眠る前に斎とフェンスの工事がどうだとか、そんな話もしたかもしれない。
「ひゃー! 寒いですね!」
 スニーカーと靴下をぽいぽい投げ捨て、澄んだ河流の水底にかかとをひたして在河が叫ぶ。首には赤のマフラーが巻かれている。
「言ってることとやってること全然違うけど」
「見てるこっちが寒いわ」
 もちろん付き合って霜焼けをつくる義理はないので盤介も斎も見ているだけだ。
 斎とふたり、河べりでよく遊んだのは小学校の中学年の頃だ。夏休みにふざけていたら角の尖った石を踏んづけて血が止まらなくなった。痛みよりも、ブルーの中に鮮血が混ざりながらざあざあ流れていくのにおそろしくて大泣きした。
「あんなに泣いた盤を見たの、後にも先にもあれきりかも。かわいかったなあ、べそかいて俺死んじゃうのかな~って」
「おれもそのかわいいとこ見たいな~。部長、いっちょリベンジします? 今度こそ石を踏まずにどこまで歩けるか大会開催」
「絶対やらねえ。おい、本気で冷えて凍傷になる前に戻ってこい」
「はあい」
 丸くて平たい岩を渡りながら在河が戻ってくる。冷え切った爪先を斎がタオルでくるんでやっていた。
 どう見ても好き合っているふたりを間近で見ると胸はもちろん痛んだ。こんな夢を敢えて見せてくる自分の脳がサドなのか、見ている自分がマゾなのか判じかねるところだ。
「斎さん、ほしいもの考えてくれた?」
「なんにもいらないってば」
「そう言うから誕生日すぎちゃったじゃないですか」
「モノより思い出派なの」
「じゃあ、旅行行きましょう。佐賀のバルーンフェスタ見てみたいって言ってなかった? 夜明けのバルーン見ながら告白するんで、おれと付き合いましょう? そっちのひとよりずっとお買い得ですよ」
「得とか損とかじゃないし、佐賀には行かないし付き合わないし、盤のことはもう好きじゃない」
 マゾのほうかな。ドラマ感覚でふたりを眺められるのが「夢なのに」なのか「夢だから」なのか未だに判然としない。
 ただわかるのは、在河といるときの斎の横顔はとてもきれいだということ。在河を見るときだけだから、きっと一生自分は真正面からは見られないこと。
 こんな風に在河と過ごした、やさしい時間が降り積もって、斎は今の斎になったのだろということ。
「えー。世界でいっとう幸せにしますよ」
「世界一にならなくてもいいよ。こうやってるだけでじゅうぶん幸せだから。ところで敏依」
「はい」
「靴下、飛んでってるけど」
「えっ!」
 丸めてスニーカーに突っ込んでいたはずの靴下は、風に攫われて水面に半分以上浸かってしまっている。
「裸足で履く?」
「いや、靴擦れしちゃうんで…あっちに雑貨屋ありましたよね。買ってきます」
 スニーカーのかかとを踏みつぶして駆けていく。
「川べりの雑貨屋って、去年つぶれたとか言ってなかったか」
 斎はそうだっけ、と首をかしげている。そもそも夢なので年代も季節も曖昧でいいのかもしれない。寒い、というわりに水辺の屋外にいても平気だし。
 枯れ色の木のベンチに移動すると、斎が「はい」と魔法びんを取り出してあたたかいコーヒーを注いでくれた。
「斎さんや、ミルクと砂糖は…」
「ないです」
「だろうな」
 飲めないわけではない。ただ少し舌がぴりぴりするだけで。酸味の強い豆は在河の好みに合わせたチョイスでここまでくると腹も立たない。
「ただいま!」
「はやっ」
 在河が土手を駆け下りてくる。履き直したスニーカーと捲り上げたままのカーゴパンツのあいだに、黄緑の靴下が顔を覗かせていた。
「また奇抜な色を…」
「雑貨屋つぶれてたって知ってました? 何かいかつい兄ちゃんがやってる古着屋とゆるふわのお姉さんがやってるアクセ屋が混在してよくわかんない空間になってました」
 行くときには持っていなかったクラフトの紙袋を持ち上げてみせ、中から小さな袋を取り出した。
「斎さん、これ」
「うん?」
「お誕生日おめでとう、を言わせてもらえないおれからおれへのかなしいプレゼント」
 言いながら自ら小袋のシールを剥がし、掌に向けて逆さに振る。海に似た碧の石がついた丸いピアス。
「ホワイトゴールドの18金だって。こんな店だけど石と金属はちゃんとしてます~ってお姉さんがニコニコしながら言うの笑えますよね」
「モノはいらないって。だいいち、空いてない」
「これはおれのために買ったやつですってば。石もおれの誕生石のエメラルドだもんね。斎さんにはモノより思い出、というわけでこちら」
 紙袋から取り出したのは、文房具のような見た目のピアッサーだった。
「今すぐ空けたいって言ったら保冷剤もくれました」
「……そんな痛い思い出、ノーサンキューなんだけど」
「あれもいやこれもいやって言われると傷ついちゃうな」
 保冷剤を斎の手に握らせ、右の耳に当てる。
「大丈夫、痛くしないから」
 ひどく艶っぽい声でささやかれて、途端に斎の抵抗は弱弱しくなった。見上げる角度といい、いけないものを見るような気になって盤介はとっさに目を逸らす。コーヒーがとりわけ苦い。
「あっ! このピアッサー中身が空だ! 仕方ないからおれのピアスいっこ貸してあげますね」
「わざとらしい…」
 目線を戻すと、ちょうどベンチに片膝を預けた在河の指が斎の髪をかきあげるところだった。貝殻のようなフォルムのつるんとした耳たぶがあらわになる。
「もう感覚なくなったでしょ」
「たぶん」
「一瞬だから、痛くない」
「うん」
 それでも緊張するのか、斎の手が正面にある在河の服をすがるように掴む。と、「ずれちゃうから」と苦笑して在河がこちらを見た。
「部長、手、つないであげて」
「え」
「ほら早く」
 戸惑った斎と視線が交差した。ためらっていると無理やりに手のひらが重ねられた。
 いきますよ、と在河が声をかけるとぎゅうぎゅうと一ミリの遠慮もなく掴まれる。その色気のなさがかえって盤介を吹っ切らせた。繋がれるままにされていた手をぐっと握り返す。
 ぱちん、と音がして、次の瞬間にはもう斎の耳にエメラルドがぶら下がっていた。在河はすがすがしい顔で残ったもうひとつの石を右耳につけて笑う。
「お揃いです。似合ってるよ斎さん」
 斎は、盤介と手を繋いだまま在河をにらむ。
「やっぱり痛いよ、…敏依のばか」
 今にも泣きだしそうな、それでいてとびきり幸せそうな笑顔。

「やだ、あなたたちどうして床で寝てるの。しかもお酒臭い」
 そんな斎の母の声で目が覚めた。
 部屋の中は酒缶と瓶と倒れたグラスやつまみの殻でひどい有様だった。斎も盤介も座ったまま倒れ込んだこわばった姿勢で寝落ちしたせいで全身が痛い。カーテンの向こうに白んだ空が見える。
「長之湯さんがそろそろ開くころじゃない? 行ってきたら」
「え、あそこ今でも初風呂営業してるんですか」
「ええ。さっぱりしていらっしゃいな」
 近所にある銭湯は、一月二日の早朝から屠蘇風呂に浸かれるのが売りだった。寝起きの悪い斎はほとんどまぶたが開いていないが、風呂に誘うとずるずると引きずるような足取りで後ろをついてきた。
 外はいい天気だった。風がときたまびゅうっと吹きつけるほかは穏やかで、雲もほとんどない。朝の早い時間だから人も車も通っていなくて、深く息をするだけで二日酔いのからだから毒素が抜けていく気がした。
 終わったばかりの夜と、朝のはじまりの気配が、どちらも冬のきんと冷えた空気のなかで光を放っているようだった。道すがらに河川敷の上を通る。潰れた雑貨屋の看板がそのまま残っていた。朝陽がまぶしいふりをして顔をしかめる。現実と夢の境目が曖昧になりそうで、そ知らぬふりが逆にできない。
「あそこ、次の店何になるんだろうな」
「ああ…雑貨屋さんだったところ?」
「コンビニか焼き鳥がいい」
「どっちも近くにあるでしょ」
 ぼんやりとした表情の斎が隣に並ぶ。群青の空の下、朝陽が冬枯れの葉のような色をした髪をきらきらと透かすのを眺めたくて、銭湯までの数百メートルをわざとゆっくり歩いた。
 ひらがな一文字が染め抜かれたのれんをくぐり、番台に座る主人に挨拶すると、子どものころに来たきりの二人のことを覚えて嬉しそうに出迎えてくれた。
 縁起を担ぐのが好きな先客が数名いたが、タイミングよく脱衣所ではふたりきりだった。ヒーターでほどよくあたためられていたのでためらいなく服を脱ぐことが出来る。
 やっと頭が冴えてきたらしい斎がロッカーの鍵を回しながら「あ」と何かに気がついたような声をあげて耳を押さえた。なんだ一体、と胡乱な顔になりつつ交差した腕で裾からセーターを捲り上げる。
「ピアスってお風呂の時は外すもの?」
「外さなくてもいけるだろ、18金らしいから」
「そっか、よかった。――…え?」
「………は?」
 静電気がぴりっと弾けて、指先が痛んだ。
 何を訊かれて、何と返した?
 落ち着かないしぐさで斎が耳から手を離す。そこには石も、それを通すための穴も空いていない。
 うろたえていると、斎が真顔のまま「盤介、髪がウルトラマンみたいになってる」などと緊張感のないことをつぶやくので、白のタオルを投げつける。
 まいりました、とそろそろ言いたい。
 何にって、この妙な出来事のぜんぶに。