ポップソングになれない僕ら - 2 -

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ハロー、ビターズ

 恋ではなかった、と思っている。
 そんな単純なものならもっとましだった。
 秋の瞳が好きだった。媚びることを知らない黒の濃い凛とした、何もかもを射抜くような鋭い眼差しが、誰かに恋をしてきらきらと光と熱を帯びるのを見るのが好きだった。
 けして一度も尚のほうを向かない、その横顔を見るのが好きだった。秋が足を止めたとき、道に迷ったとき、ほんの少し寄りかかることのできる、そうした存在でありたかった。

「ショウさん、この前までやっていた個展、すごくよかったです」
「ありがとう」
 まさにのその個展のスポンサーだった新聞社の社屋に顔を出したとき、廊下で声を掛けられた。こいつ誰だと思いながら足を止めて会釈する。二言、三言と話しているうちに、広告代理店の人間だと思い出した。名前、名前はなんだっけな。
「今度またうちでもご一緒させてくださいね」
「ええ、メールで企画いただければ」
「ところで、ショウさんって、人物写真はもう一切撮らないんですか? ある事務所からね、ぜひ使ってやってほしいっていう子がいて、烏丸さんに撮ってもらえたら話題性も上がるしいいと思うんですよね」
 仕事を受ける上で「ショウ」のスタンスは一貫している。余程のことがない限りオファーの内容にはすべて目を通し、面白そうならば何でもやる。興味がそそられなければ断る。ギャラや納期は二の次だ。面白いと感じればタダ同然の予算で引き受けることもあったし、自腹を切って海外にいくこともある。
 但し、対象がヒトでないことが条件だ。
「俺はもう人を撮る仕事はしないんですよ。御社にもさんざんお伝えしてると思うんだけどな」
 しつこいぞハゲ、を過剰なオブラートと社会性で包み込んでみるが、残念ながら相手にはまったく伝わっていない。
「いやあでもねえ、すごく可愛い子なんで、必要だったら一席設けてもいいですし、…ね?」
 オーケー、名前を思い出す必要もなくなった。
「要らねえ、間に合ってんだよ。そういうことならもうおたくの仕事はいいや」
 笑顔を崩さないまま吐き棄て、固まってしまった男を置いてエレベーターに乗り込んだ。十分ほどしてしきりに携帯電話が鳴ったが、無視して電源を切った。あーうるせ。

 最後に尚が撮ったポートレートは、死にゆく女(ひと)に頼まれてのことだった。その頃はグラビア撮影や俳優の撮影が仕事のメインだったから、高くつくぞと冗談めかして引き受けた。
 秋の妻の水神結は、聡明で、美しい女性だった。
 病院の個室に照明を持ち込んで撮影をした。背もたれの角度を調節したベッドの上で準備のあいだじゅう細い息をしていた結は、レンズを向けるとしゃんと背筋を伸ばしこちらに向かって微笑んだ。長い髪を一つに結わいて、肩から前に垂らす。
「化粧ノリ悪いでしょ。頬もこけちゃったし、こんなことならもっと若い時に撮ってもらっとけばよかったなあ。首もがりがりでみっともないから、髪で隠しとこ」
「んなことねえよ」
 ランドセルを背負っていたころから互いに知っている仲だ、いまさら遠慮も何もない。そのうえで尚は言った。
「今が一番綺麗だよ。秋だってそう思ってる」
「へへ…ありがとね。普段綺麗な女のひとばっかり見てる相手に言われると照れるわ~」
「お、いい顔。撮るぞ」
 ファインダー越しに結の笑顔を見ながら、少しだけ泣きそうで、顔が上げられなかった。
「ねえ、尚」
「うん?」
「あたしは、あんたたち二人とあの島を出るって決めた時から長くないってわかってた。とっくにその覚悟ができてるつもりだった」
 でも駄目ねえ、とレンズの向こうで結が前髪をちょいちょいと指で触る。昔からの彼女の癖だった。
「秋がいて尚がいて、輔が産まれて。あんまり楽しくて幸せだから、どんどん惜しくなっちゃった」
 ごめんね、と大きな瞳から透明のしずくがこぼれて筋をつくる。
「あたしのわがままに、最後まで付き合ってくれてありがとう。ふたりのこと、よろしくお願いします」
 馬鹿、と返した声が揺れていることをもう隠せない。涙で目の前がにじんだ。ファインダーにもこぼれてしまう。
「せっかく化粧したのに、台無しじゃねえかよ」
 大股で歩み寄って、袖で目元を拭ってやる。
 痛いと文句を言われても、ファンデーションで汚れても構わずこすり続けて、二回りほど細くなった肩をぎゅっと抱き寄せる。あたたかい。まだ。
 暫くのあいだ、二人でそうして抱き合っていた。
 わずか三日後に結は旅立ってしまった。とんでもない遺言を残して。
 長年覚悟していたからだろうか。不思議と気持ちはさっぱりしていた。おそらく秋も。だから、病院のロビーで死亡届の手続きを待つ間にこっそり訊ねる。
「なあ、あいつ、いつから知ってたんだ?」
「何がだ」
「だから、俺たちが…」
 ああ、と秋がちいさく笑う。膝の上には、泣き疲れて眠ってしまった輔の頭が載っている。
「俺とお前が島にいたとき寝てたことか? それなら、リアルタイムで知ってたよ」
「俺に言えよ」
「尚は、知ってることを知ってると思ってた」
「アホか。あいつもあいつだ、最後まで取っておくようなことかよ」
「結らしいだろ」
 まったくだ。二人で手分けして慌ただしく葬儀社との打合せや故郷への連絡をしていた時に、遺影を選んでほしいと頼まれた。あのときの写真が相応しいだろう。急いで現像する、と答えた。
 喪服で暗室に入って、乾かしておいた写真を確認する。冗談交じりに遺影に使いたいと言われていたが、こんなに早く出番がくるなんて思っていなかった。
 結局、通夜の前にばたばたと準備をすることになってしまった。
 取り出した印画紙を見て愕然とした。
 病室で微笑んでいた結の顔は、白い頬がうっすらと発光したようなはかなさを帯びてとても美しかったはずだった。だのに、今尚の手の中にある写真の中で、結の顔色はすこぶる悪く、肌はがさがさに荒れていた。久しぶりに塗った口紅の赤が悪目立ちして浮いている。ぐしゃりと握りつぶして、暗室を出た。
 廊下に備え付けの公衆電話で葬儀場に繋ぐ。
 秋を呼び出してもらって、口早に別の写真を用意するよう伝えると、何も訊かずただわかった、とだけ答えた。
 受話器を下ろした手を、しばらく引き剥がすことができなかった。

 カラーフィルムを使うことが次第におそろしくなった。技術的には何の問題もない。被写体からも依頼相手からもこれまで以上に褒められることが増えた。
「ショウに撮ってもらう私が、一番綺麗」
 そう言って憚らなかった女優が自身で乞うてフルヌードに踏み切ったメモリアルフォトブックは、ショウがこれまで手掛けた写真集の中でも売上の最高額を更新し、後に続きたい芸能事務所からのオファーは殺到した。しかしそのどれも受ける気にはなれなかった。
 何が綺麗なものか、と思う。自分ときたらあれ以来色の出し方ひとつわからなくなっているというのに。出来上がった写真集を捲る気にもならなかった。
 やがて、笑顔を向けられてもその表情が本当に己の引き出したいものだったかがわからなくなった。
 ひとつ目の大きなレンズで切り取る感情が、本人でも思っていないような本音を剥き出しにする――そんな写真が得意だったはずで、その評判はあれからも揺らいでいない。きっとうまくやれているのだろうと思う。
 でも、ショウ自身にわからないならそれは「できていない」よりももっとたちが悪い。
 暫く海外で風景写真を撮りに行くと宣言し、早々に新規の依頼受付を止めた。
 あのころ無心で撮れるものといえば、使い捨てのカメラで映す水神家の――というか主に輔の――写真だけだった。無邪気に尚に向けられる笑顔は、子ども特有のはちきれそうなみずみずしさに満ちていた。触れなくとも伝わってきそうないのちの温度ごと残したいと祈るような思いでシャッターを切っても、瞳に映った色を印画紙に定着することはできずにいた。
 輔がその、尚が撮った写真をひどく気に入っていると聞かされて面映ゆい気持ちになった。同時にひどく情けなくもなった。
 現状の打開策が必要だった。これからもあの子どもの前でカメラマンと名乗るために。
 秋とふたたび身体を重ねるようになってからもう幾たび目かの逢瀬のときにそれを告げると、秋からも島への移住のことを打ち明けられた。次に会う時は故郷で、と約束をしてその夜は別れた。
 再燃のきっかけらしいものは特になかった。妻を喪った秋は前にも増して仕事の鬼となっていたし、尚だってそんな有様だった。なぐさめてほしかったし、なぐさめかった。無言で押し倒したときも秋はあらがわず、むしろ待ち望んでいたようにすべてを明け渡してひらいてみせた。十数年ぶりに抱いた男の身体が、これまでのどんな相手よりもしっくりきすぎて、うっかり笑ってしまったほどだ。

 何の因果か、その男の息子に数年かけて求愛され続けていた。のらりくらりとはぐらかしていたが、とうとう尻尾を掴まれてしまった気がする。
 花束を抱えて開店前の店を訪れる。焦げ茶色の、落ち着いた色調で整えられた店内に黄色と橙の花束はひときわ愛らしく、似合っていた。
「どうしたんだ花なんて持って。誰かの誕生日か?」
「お前が、マリーゴールドどんな花だって言うから買ってきてやったんだよ。ほら、活けろ」
「ああ…これが、そうか。あのときの」
 おそらく同じ日の記憶に想いを馳せ、秋もなつかしそうに眼を細めた。そういう顔をすると父子はそっくりになる。
「なあ、秋」
「うん?」
 グラスに活けられた花を見ながら、ぼんやり口を開く。
 好みの苦さにブレンドされた珈琲を啜って、添えられたプリンをつついた。近所のパン屋が早朝から作る甘さが控えめのプリンは、この店の限定メニューとして卸されている尚の好物だ。ここを訪れると、秋は決まってこの二つをテーブルに置いてくれる。奥の窓際の、一番陽当たりの良い席が尚の定位置だった。
「俺な、お前のこと――」
 秋が今付き合っている相手のことは尚もよく知っていた。約束も確認もなしに始まった関係は、秋が尚に「あいつと付き合うことになった」と伝えた時点で当たり前のように終わっている。
 尚と秋の間柄は何一つ変わらない。セックスするかしないかなんて些細なことだ。そこに通わせる情がなければあんなものスポーツと同じだ。
 ずっと、そう思っていた。
 けれど違ったのかもしれない。
 カウンターの奥に佇む男のことを自分はきっと、
「もしかしたら好きだったのかもしんねえな」
「………は?」
 その驚きようといったら、磨いていたソーサーを落として割ってしまうんじゃないかと思うほどだった。
 声に出さずに笑う。見ろよ結、こいつの顔。
「マリーゴールドの花言葉、さっき輔に教えてもらったんだけど、知ってるか?」
「俺が知ってると思うのか」
 だよな、と肩を竦める。あの野郎、真顔で「復讐」だの「嫉妬」だの怖いことばかり言いやがって。
 でも最後に、リボンを巻きながら(いらないと言ったのに)ひどく穏やかな笑顔でこう言った。
「変わらぬ愛、だってよ」
 一連を冗談だと受け取ったらしく、秋の表情がほっとゆるむ。「とことんらしくないな」とからかい気味に微笑んだ。まったくだ。クールなショウはどこにいった。
 子どもの、ひよこの刷り込みみたいな勘違い、ずっとそう思って避けてきたのに。
「だからな、秋。俺、輔と付き合おうと思うんだけどいいよな?」
「………は?」
 今度こそ、ぱりんがしゃんと薄い陶器が粉々に床に飛び散る音がした。

 トラウマ払拭のために敢えてこれまで足を踏み入れたことのない国ばかりを選んで、目につくものを片っ端から撮影した。アジアのごちゃついた街並みも、フランスの気取った都心と汚れまくった道との対比も、アフリカ最古の独立国の岩窟も。
 南国で見た海の碧さと空の青さに、故郷を思い出した。似ている。目にうつる景色のその奥に、懐かしい風景を呼び覚ましながらシャッターを切る。途中でカラーフィルムを使い切ってしまい、それでも熱に浮かされたように予備のモノクロフィルムで撮り続けた。
 日本に戻ってそれらのすべてを現像し、また愕然とする。何一つ、自分が見たものと同じ色ではなかったからだ。
 しかし、尚の暗澹たる心地とは裏腹にスタッフの評判は上々だった。特に好評だったのは、モノクロの空と海だ。
「白黒ですごく硬派なのに、こう、ちょっと水気を含んでるみたいににじんでるんですよね。そこがなんか不思議ですごくいい。このテーマをメインにして、モノクロ個展やりましょう。新規ファン絶対増えます」
 にじんでいる、の感覚がさっぱりわからなかったが思い当たるふしならあった。病室で結を撮ったあの時ファインダーに落とした涙だ。あれがきっとカメラの奥に入り込んでしまって、そんな揺らぎをつくっているのだ。
 お前のせいかよ。なら仕方ないか。
 すとんと合点がいってしまった。以来白黒の、自然物専門カメラマンを名乗るようになり、それでもありがたいことに仕事の量が減ることはなかった。
 そうして色のない写真を撮りだした尚に、小学生の輔はある日とんでもないことを言ってきた。
「僕、わかったよ。尚さんの写真、島の景色と同じ色してる!」
 つたない言葉で紡がれる中身をつなぎあわせると、島に来て初めて色には濃淡があること、季節や景色がうつろいゆくこと、それらを一瞬で切り取るのが写真だとわかったこと――を知ったのだという。
「僕が知らないだけで、東京でも、どこでもそうだったんだよ。尚さんが撮ってくれた今までの写真、ぜんぶそうだった!」
 尚さんはすごいね、尚さんの写真大好き、と無邪気に笑いかける子どもに、内心、腸が煮えくり返りそうになっていた。
 どうして今、そんなことを言うのかと。
 もう輔のいうような写真は撮れないのだと思うと、怒りのあとにはどっと悲しさが押し寄せてきた。もともと父親の代わりに始めたメモリアルだし、丁度御役御免だろう。
 だから中学の入学式で、尚は写真を撮ってやらなかった。さらに学年が上がると輔はさらにとんでもないことを言い出したので、カメラマンを担うどころではなくなってしまった。

 家に来いよ、と言うだけ言って、返事を待たずに通話を切った。夏の夜は、長い夕焼けを保ったあとだからか藍色の中にもどこか橙を帯びているような気配がする。
 夜空の下、小さな庭には輔が植えた名前の知らない花がつぼみをふくらませて揺れていた。
 十分も待たずに硝子の引き戸が乱暴に開き、どすどすと足音が近づいてきた。
「おいおい、ボロ家なんだから壊すなよ」
「父さんに何言ったの」
「あら、耳が早い」
 そして顔が怖い。
 座れば、と促すとむすっと唇を引き結んで、鼻息荒く胡坐をかいた。
「ところでうち布団しかないけどいいか? 若者はやっぱりベッド派?」
「あのねえ!」
 ふざけないでよ、と語尾が懇願するように揺れた。走ってきたのだろう、額にはちいさな汗がびっしり浮いている。
「今日の今日だよ。俺が、八年あっためてきた恋心にケリをつけたの、今日の今日だよ」
「ああ、うん」
 八年前ってなんだ、と逆算して、まさかあの朝かとぎょっとする。もちろん顔には出さないけれど。
「なんだよ付き合うって。なんだよあんたが下って」
「あ、それも聞いたのか」
 破片を拾うことさえままならなさそうな秋に、フォローのつもりで「安心しろ、俺が下だ」と告げたのだがもしや逆効果だったろうか。
「全部聞いたよ! どういうことだって父さん唾飛ばしてたけどそんなの僕が聞きたい」
「まーくんに聞いてみろや、俺の尻の価値」
「何でそこでまーくんの名前出すの、ほんと無神経、ほんとに最低…」
 ずるずると肩からくずれ、畳に転がってしまった。見下ろすとつむじの形まで良く似ている、なんて言ったらもっと怒ってしまうだろうか。頭を撫でると、びくりと身体を強張らせた。
「お前はいつでも、俺が欲しいって自分でも気づいてなかったものを簡単に差し出す」
 初めて他人に明け渡す本音だった。ほんとうは、怖い。こんな弱くて格好悪いもの、一生ひとりで抱えていくと思っていたから。
 輔がうつ伏していた腕からゆるゆると顔を上げた。結のこと、喪った色のこと、海外でみた景色のこと…ぽつぽつと、あまりうまくはない口調でこぼす言葉を余さず拾おうとするように輔の大きな瞳が見開かれていく。水分量が多いというなら、尚の撮るものよりよっぽどこっちだ。きらきらして、凛として、美しい。
「最たるものがその瞳だよ」
 父親そっくりの眼差し。あの頃どんなに心の奥で願っても向けられることのなかった、ひたむきに恋焦がれる色を帯びたそれを、一心に、尚だけに浴びせてくれる。
「…ひでぇ男だろ」
「うん。酷い。僕のこと何だと思ってんの」
 ずず、と鼻を啜る音がした。
 もぞもぞと起き上がって、膝と膝がつくほど近くで(なぜか)正座をする。
「こんなのやめとけ」
「やめない。…もう、それでもいいよ。父さんに重ねてもいい、あんたが手に入るならなんだっていい。気まぐれでも気の迷いでも、今日を逃したら本当に、骨になるまであんたは僕のものにならない気がする」
 紺色のTシャツの、腹のあたりで鼻を吹くものだからすぐに染みになった。子どもか、と笑ってしまう。
「誰もそんな失礼なことしねえよ。お前はお前で、秋とは違うことくらいわかってる」
 真っ赤になった鼻の先にキスをした。ぽかんと開いた唇にも。ふるえる舌から、おぼつかない緊張が伝わってくる。
 こいつまさか初めてか? ――そうだろうな。
「可哀相に。こんなおっさん見染めちまって」
 弾かれたように輔が両腕で尚をはねのける。いつかのように、否、いつかよりももっとずっと強い力で畳に引き倒された。ざりざりと引きずられた後頭部が痛い。
「あんたは、いっつもそうやって、」
 肩で息をしながら、輔が泣いていた。大きなしずくを、尚の顔じゅうにぼたぼたと垂らしながら。
 こんなにじみ方なら悪くないな、と思いながら尚はその泣き顔を見上げた。
「僕は、ちっとも可哀相じゃない。あんたのことがずっと好きで、生まれてから死ぬまで好きな人がそばにいて、幸せじゃないわけない。何でわかんないの?」
 さらに落ちてきたしずくを拭ってやろうと伸ばした手も払われ、頭ごと抱え込むようにキスをされた。
 そのまま服を破られそうな勢いで裸に剥かれ、性急に求められるかと思うと、裸のまま抱きしめられた。黙ったまま、随分長い間そうしていた。
「…やんねーの?」
 実は下希望だったとか? 身を起こそうとすると「黙って」と鋭く咎められる。
「…噛みしめてる」
「何を」
「全部僕のだって、噛みしめてる。今日はもうこれでいい」
 一晩で終わらせるなんてもったいない。真顔で言うので、とうとう堪えきれずに吹き出してしまった。
「いいよいいよ、お前のペースで。骨になるまでまだ随分あるからな」
「何言ってるの、そんなに我慢できるわけないじゃん。十代の性欲舐めんなよ」
「どっちだよ」
 首に腕を回して抱きしめた。すっかり大きくなったな、手のひらサイズだったくせに。
 裸で抱き合っていれば当然もよおしてじれったくなるけれど、それを敢えて我慢するというのはひどく贅沢な前戯のように思えた。
 お前といると、悪くないことがたくさんあるな。

 たぶん、これから死ぬまでずっと。

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